片思いを諦めたくない。
でも、諦めなきゃいけないのかもしれないという気持ちも、ずっとある。
そのふたつが同時にあって、どっちにも踏み出せないまま、時間だけが過ぎていく。
「諦める」って、どういうことなんだろう
諦める、という言葉の意味をよく考える。
好きな気持ちを消すことなのか。連絡するのをやめることなのか。違う人を好きになることなのか。
どれもしっくりこない。好きな気持ちって、「やめよう」と思ってやめられるものじゃない。連絡をやめても、その人のことを考えるのはやめられない。違う人を好きになるのは、意志でどうにかなるものじゃない。
「諦める」という言葉が指すものがつかめないまま、「諦めなきゃ」という焦りだけがある。それ自体が、しんどい。
諦めたくない理由が、自分でもわからない
諦めたくない、という気持ちはある。
でもその理由を正直に見ていくと、「まだ可能性があると思っているから」なのか、「この気持ちを手放すのが怖いから」なのか、自分でもよくわからなくなる。
好きな人のことを考えていると、少なくとも気持ちの行き先がある。その人がいなくなったとき、自分の気持ちはどこへ向かうんだろう。そう思うと、諦めることが怖くなる。
好きでいることで、何かに縋っているのかもしれない。でも、それがわかっても、やめられない。
「諦めなきゃ」という焦りはどこから来るのか
「諦めなきゃ」という気持ちには、たいてい外からの声がある。
時間がもったいない、とか。相手は自分のことを何とも思っていない、とか。このままずっと待ち続けるのか、とか。
その言葉は正しいかもしれない。でも、「正しいから諦められる」わけじゃない。
頭ではわかっている。それでも心がついてこない。その乖離の中にいる時間が、片思いでいちばんしんどい部分だと思う。諦めなきゃいけない理由はわかってる。でも、諦めたくない。そのふたつを同時に抱えていることが、片思いというものなのかもしれない。
宙ぶらりんのままでいる
どっちかに決めなくていい、と思う。
諦めるか、動くか。そのどちらかを選ばなければいけないときが来るかもしれない。でも今この瞬間は、宙ぶらりんのままでいることも、ひとつの正直な状態だ。
気持ちを整理しようとして、余計に混乱することもある。むりやり答えを出そうとするより、「わからないままでいる」と認めてしまう方が、少し楽になることもある。
諦めたくない気持ちも、諦めなきゃという気持ちも、どちらも本物だ。それでいい。
矛盾した気持ちのままでいることについては、終わりにしたい、でもまだ好き。矛盾した気持ちのままでいい。
片思いの苦しさについては、片思いの夜は、なぜこんなに苦しいのか。