やめたいと思っていました。
正確には、やめなければいけないとわかっていました。なのにやめられなかった。それがもう何度目かわからなくて、そういう夜が、何度もありました。
わかっているのに、できない。この状態がいちばんしんどかった。頭と気持ちが別のことを言っていて、どっちの自分を信じればいいかわからなくなる夜がありました。
やめようと決めた夜がありました
何度か、ちゃんと決めました。
「これを最後にする」「もう連絡しない」「次に会ったときにちゃんと話す」。そう思って眠った夜が、何度もありました。決めたときの気持ちは本物でした。嘘でも気まぐれでもなくて、ちゃんとそう思っていた。
でも翌朝には揺れていて、翌週には引き戻されていた。
やめようと決めた自分と、結局続けている自分が、同じひとりの中にいました。どちらが本当の自分なのかと考えたこともあります。でもきっと、どちらも本物でした。意志が弱いから続いているんだと責めたこともあります。でも、そういうことじゃないと、あとからわかりました。
やめられないのは、好きだから
好きじゃなければ、やめられます。
どうでもよければとっくに終わっていた。やめたいのにやめられないのは、好きという気持ちがある。ただそれだけのことでした。それだけのことが、こんなにも苦しかった。
罪悪感があることもわかっていました。してはいけないとわかっていることも、全部わかっていました。それでも気持ちはなくならなくて、やめようとするたびに揺らいでしまった。
「好きじゃない」と思えたら、もっと楽になれるのに。そう思う夜がありました。でも好きじゃなくなることは、自分では決められなかった。気持ちは意思でコントロールできない。それがわかってから、少しだけ自分を責めるのをやめました。
やめようとするたびに、引き戻される
決意が崩れるきっかけは、いつも小さなことでした。
連絡が来る。久しぶりに会う。優しくされる。そのたびに、やめようとしていた気持ちがどこかへ消えていく。「やっぱりやめられない」というより、「やめることを忘れていた」みたいな感覚が近かった。
それがいちばん怖かった。自分でもどうにもならないくらい、引き戻されていた。抵抗できないまま、また同じ場所に戻ってしまった。
罪悪感と好きという気持ちが一緒にあって、どちらも本物で。その両方を抱えたまま、ずっとそこにいました。不倫の罪悪感が消えないとき、自分だけじゃないとわかるだけで、少し息ができる気がしていました。
やめたい気持ちも、好きな気持ちも、どちらも本物
やめたいという気持ちと、好きだという気持ちは、同時に本物でいられました。
矛盾しているようで、どちらかを捨てなくてもいいのだと気づくのに時間がかかった。「やめたいなら本当は好きじゃないんだ」とは思わない。「好きならやめなくていい」とも思わない。両方があって、だからこそしんどかった。
やめられない自分を責めすぎないようにしていました。責めても前には進めないし、責めた分だけしんどくなるだけで。
終わりにしたいけれどできない夜の重さは、経験した人にしかわからないと思います。わたしもずっとそこにいました。それでも答えが出ないまま、あの頃が続いていました。
誰にも言えない気持ちを、抱えていませんか。
わたしも、誰にも話せない夜を長く過ごしました。 そんなときに支えになった電話占いを、悩み別にまとめています。 よかったら、覗いてみてくださいね。